「『明』って文字は、太陽と月って意味だけじゃないんだって」
スタッフが持ってきた新聞を眺めながらタバコをふかしていたおじさんがこっちも向かずにつぶやくように言った。
いい加減スタジオにもスタジオの喫煙スペース(と言う名の入口だ)にも飽きてきた今日。いや今夜。ガラス張りの入口ドアから外をみるが、静かなものだった。目の前の小さなビルの中で、大音量音楽が流れているとは知らない人も多そうな目の前のマンションを眺める。夜というには深すぎる時間、もちろん誰も出てくる気配もない。
小学生から毎日毎日「日」と「月」を繰り返し書き続けた自分にすると、何を言うかと若干気になった。本当に独り言であることが多いから、あまり返事をしないのだが。
「他に意味があんの?」
うんー、と言ったまま相変わらず目は新聞から離さずに不明な返事。
新聞の上から少し出た金髪を眺めながら缶コーヒーを一口飲む。これ甘くないと思って買ったけど、意外と甘い。また買おうなんて思いながら続きを待った。
質素な椅子に座って新聞を広げていた正はそのまま新聞と一緒に段々ずり下がってついに椅子に横になる。少しつぶれた新聞をそのまま床に投げると、こちらに初めて目を向けた。蛍光灯の光が入りこんだ目がこっちを刺すように捕らえて、少しぞっとした。これ以上どこがとも思うのだがスタジオ篭もりをするとすぐに更に痩せる彼の目は、眠そうなんかじゃなかった。
獲物を見る様な目は、自分だけを見ているわけではないようで。
「月」
意味が分からず返事が出来ずにいると、指をさした。俺の顔の、うしろ。
振り向くが何もない。あぁもしやと、正と同じ位置まで顔を下げる。それはガラスの入口ドアの外。黄色く、まあるく。
満月より少し欠けたいびつな月だったが、随分高い位置から明るく照らしていた。
「窓から月を眺める、って意味もあるらしいよ」
もうこっちも窓も落とした新聞も見ていない正は、どこを見ているのか分からない。返事をしたかったが、そこには何も言葉がなかった。コーヒーも終わってしまった。
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