「いやいやいやいや来なくていいから!」
「行きたい行きたい!」
冬ツアーの北海道。
前後に日がなくて、ライブ終わったらすぐ移動が多かった最近。今回は月曜日に新潟から来て、北海道ライブは水曜日。終わって次の青森は土曜日。こんなに日があるのは珍しいから、実家にちょっとは顔出そうかななんてつぶやいたのが悪かった。いやつぶやいたのは悪くなかったんだけど、横で聞いてた長谷川さんが悪かった。
「久しぶりになかちゃんの実家行きたい」
んな千葉のモヤシに冬の阿寒は無理だって!言うほど狭くないのよ北海道!言うほど近くないのよ釧路は!!ていうかひとの実家についてきて一体何をしてくれようって言うの!!おかあさんをもてなすって意味分かって言ってんのもてなされて終わりのくせに!
「あ、見てみて阿寒の観光協会のホームページ」
話しを聞いているのかいや全く聞いていない正は、俺のノートパソコンで勝手に調べ始めた。【ICE・愛す・阿寒】キャンペーンだってちょううけるなかちゃんのセンスはこういうところで磨かれたんだねと大喜びする金髪を横目に、腕を組んでソファにもたれた。
ひえーマイナス15度だって、スキーも出来るんだ~、あぁタンチョウ鶴ね!とひとつひとつに、ひとり言なのか俺へのメッセージなのか分からない言葉をずっとぶつぶつ呟いてホームページを眺めている。
「あのさぁ正君」
「大丈夫だよ、行かないから」
さっきまでの行きたいコール、そして手元で阿寒の下調べをしながらという不自然なタイミングで、不自然な言葉が漏れた。来るなとずっと言っていたのに思わず俺も「行かないの?」と聞いてしまった。不自然だ。口元だけ笑って、顔はパソコンからそらさないまま小さな声で言った。
「なかちゃんのおかあさん孝行、邪魔できないよ」
こういう風に大人な対応をしてくる正が本当に好きだけど、本当に悔しい。どうして同い年なんかに生まれたんだろう。年上だったらもうちょっと素直に認められた部分もあっただろうに。ソファに座っている自分と、床に座る正の距離をどう詰めたものか考えながら、冷えた足で正の腕を軽く蹴った。きっとこの人は、一緒に来てくれない。もうこうなったら俺がどう誘ったって、美味しい海鮮の話しをしたって、降り注ぐ星空の話しをしたって、来てくれない。
「行かないの?」
「行かない」
「行こうよ」
「行かないよ」
「来てよ」
「行かないってば」
俺は寒い寒い北海道も地元も嫌いだけど、
あんたと手を繋いであの雪の中を転げまわるのは、悪くない気がしたのに。
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